完璧な走り

3月はほとんど走れなかった

慌ただしく毎日が過ぎて

気づけば春になっていた

つい先日感じたばかりの春の気配

いつも自分だけが置いてけぼりにされているようで

少し寂しくもある

たまには先回りして

今か今かと季節の移り変わりを待ちたいものだ

周回遅れにされないように

日々の隙間を縫って紡いだその先に

ようやく時間と空間は訪れる

ようやく昨日

走れることができた

家を出て一歩一歩

久しぶりに足の裏に伝わるその感覚を味わいながら

ゆっくりと走り出す

住宅街を抜けて少し大きな道に出る

心なしか気分も乗ってきてペースも速くなる

春の風が心地よい

見渡す限りの一本道

真横をたまに車が通る程度

自分とこの一本道

他には何もいないかのような空間に

聞こえてくるのは自分の足音と息遣い

いつかの小説家が言っていた言葉を借りるなら

「空白を獲得するために走っている」のかもしれない

※村上春樹「走ることについて語るときに僕の語ること」より

少しずつ荒くなる呼吸をやり過ごして

徐々に体もほぐれてくる

ますます足取りは軽快になって

いわゆる「温まってきた」状態になる

一本道の先

古くから続く小さな街道沿いを抜けて

大きな幹線道路へと走り続ける

足取りはますます軽くなる

ポツ ポツ ポツ

じんわりと生温い水滴が地面を濡らして

「雨の匂い」が立ち上がってくる

夕方の空に現れた通り雨

やがて畑をも濡らして

「土の匂い」も連れてくる

走る自分

雨の雫

土の匂い

風の音

大地と自分が一つになったような

そんな瞬間を

どう表現しよう

「完璧な走り」

そんな言葉があるなら

それはフォームがどうだとか

記録がどうだとか

そんなことではなくて

まさに今自分の走りが祝福されているかのような

そんな瞬間を味わえることだと思う

少なくとも

昨日の自分はそう思った

そして少なくとも

昨日の自分の走りは

「完璧な走り」

であった

「完璧な走り」

がそれであるなら

僕はそれを

いつまでも味わえる自分でいたい