60点満点の走り

今日も走った

地元埼玉のマラソン大会

本庄こだま千本桜マラソンへ

距離は10km

思えばこのような大会に出たのは8年ぶりだろうか

独身の時は時間が有り余るほどにあって

走ることは自分のライフワークにもなりつつあった

その道の人からしたら取るに足らない距離かもしれないけれど

こんな僕でも月に100kmほどの距離を走っていた

あれから何年もの歳月が過ぎ

僕は中年と呼べる年頃になった

結婚し、子供が生まれる、家庭を持ち、家も建てた

幸せと呼べる人生だ

しかしその一方で自分の時間はめっきりなくなり

あれだけ熱心に走っていた自分は遠くなった

今はなんとか妻の許可を得て

平日は子供が寝静まってから走り

休日も風呂掃除や買い出し、家族の食事に離乳食作り

それらを済ませてから

さらに子供を寝かしつけて

やっと昼寝をしてくれたら走りに行く

そんな日々だ

月間距離は30〜40km

もはやランナーと呼べる水域ではないのかもしれない

それでも走る

走ることが自分を支える何か

そのうちの一つだと思うから

もう昔のようには走れない

それでも何とか時間を紡ぎ出して

この日を迎えた

スタートラインに立った時

あまり練習できなかった自分への恥ずかしさと

それでもやれることはやったという満足感で何とも言えない気持ちになっていた

隣り合う初めましての人とお互いの練習量を話したりして

世の中にはいろんなランナーがいるのだと知った(隣の方は会社命令で参加していた)

いろんな人がいる

僕は僕の走りをしよう

号砲が響き渡る

数百人のランナーたちが列をなしてコースへと飛び出していく

僕は控えめな位置からスタートして

徐々に体が温まってきたら後ろから抜いていく作戦だ

色鮮やかな桜と菜の花が並ぶ河川敷

春を目一杯に敷き詰めた道を

大勢のランナーと一緒に走っていく

春の風も相まって思ったよりも早く体は温まっていく

少しずつエンジンもかかり始め

ひとり、またひとりと抜いていく

数十人を抜き自分の体も徐々にキツくなってきた

抜ける人数はめっきり少なくなった

今目の前のランナーたちは

自分と同じようなタイムの人々で

いわば自分を写す鏡なのだ

頭の中の自分はもっと軽やかに走っているはずなのに

目の前をいく人々の足取りは重い

ということは自分も…

そんな考えが頭をもげそうになるが

迫り来る苦しさがあっという間にそれらをかき消していく

久々だ

この感じ

そうそう

この感じ

あと2km

もうスタートの頃の自分はいない

息は絶え絶えになって

足は言うことを聞かない

体を前に屈めて

置き去り気味な足を何とか引きずり出していく

行け!行け!ラスト1km!

これまで並走していたランナーの方たちを引き離して

ゴールのスタジアムへ一直線

まだ何とか足は残っている

あと1分なら

いや、、、

あと30秒なら

だめだ

もう残っていない

でも、

もうすぐ

あと少し

こうして8年ぶりのマラソン大会は幕を閉じた

タイムは「あの頃」と比較して15分も落ちていた

衰えは残酷

そうがっかりする自分と

それでもやれることはやったと

そう思える自分

両方が正解なのだと思う

この二つの気持ちに折り合いをつけられる日は来るのだろうか

もしくは折り合いなんてつけずに両方を成立させる道はあるのだろうか

僕にはまだよくわからない

でも確かなことは

今日60点満点の60点の走りをできたこと

そしてマラソン後のビールが格別だったことだ

この味がまた味わえるうちは

まだ走り続けたいと思う

次はいつかな

次は次こそは

70点満点の70点を目指そう